不登校の捉え方と変化

2013年7月18日

こんにちは。

あすはな先生運営事務局です。

 

先日、京都の祇園祭に行き、京都の伝統を堪能してきました。

夏祭に花火大会。夏のイベントが目白押しですね手 (チョキ)

 

さて、前回に引き続き、今日は不登校の捉え方と変化についてのお話をしたいと思います。

 

今回は、不登校に対する捉え方の変化についてお話したいと思います。

「登校拒否」という現象が現れてからの40~50年の間にも、不登校の捉え方は、段々と変化していきました。

不登校を表す言葉自体も、始めは「学校嫌い」や「登校拒否」・「登校恐怖症」などと呼ばれていましたが、1970年ごろに「不登校」に統一されました。

 

不登校②

 

現れはじめた頃は、子どもの病気・個人の問題と捉えられていました。

学校側の対応としては、学校へ行かないことはあり得ないというふうに、強制的に登校させます。

 

その後、子どもが学校へ行かないのは学校の管理教育・知識偏重型教育が原因だと捉えられ、対応としては、登校刺激はせず、子どもの自主性を尊重する傾向になりました。

 

今では、子どもが学校へ行かなくなる原因はさまざまで、子どもに応じて、対応もさまざまだと考えらるようになってきました。

 

学校へ行くことを前提に登校を促したほうが、その子にとって有意な場合もありますし、子どもの気持ちを尊重して、休んだほうがよい場合もあります。

 

それから、いじめ問題に関わってくる場合もあります。

いじめられていて学校に行かないというのは、分かりやすい状態ではありますが、それでそのままにしてしまうことは、疑問に思います。

また、同じようないじめにあっても、不登校になるかどうかは場合によって異なります。

いじめられていても、学校に行き続けることもありますし、

反対に、いじめられていなくても、学校へ行かないということもあり得ます。

 

子どもへの対応を考える時に、一番大事な視点は、その子自身を理解するということではないでしょうか。

 

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